南三陸のコモンズ(内藤 正明:MailNews 2018年3月号)

※ この記事は、KIESS MailNews 2018年3月号に掲載したものです。

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NPO法人E-TECとの交流

当KIESSと東北のNPO法人E-TEC(環境生態工学研究所)とは、これまで長年姉妹?関係を結んで、交互に関西と東北で交流しジョイントセミナーを開いてきた。それがいよいよ今年をもって、一旦休止することになった。その最終年として今年は南三陸で開催されたが、例年のような両NPOの活動報告ではなく、現地の漁業者、農業者、建築事業者の話を聴かせてもらうことにしようという初めての試みであった。いずれの話もそれぞれに大変興味深いものであったが、今回ここでは、南三陸海岸に広がる志津川湾でカキ養殖をしてきた、宮城県漁協 志津川支所 カキ部会長の後藤清広さんの話を紹介する。その内容は我々が議論してきた、「環境問題発生の原点」を示す具体例として大変興味深いものであった。

 

ジョイントセミナーで講演する後藤清広さん
(2017年8月27日 三陸・海のビジターセンターにて)

大津波が養殖業を壊滅させた

南三陸といえば、あの大震災の時に50メートルに近い津波高を経験したところで、これは東北全体でも恐らく最大の潮位だったろうと言われている。海岸近くにあった大川小学校・幼稚園の悲劇は何度もテレビでも報道されたが、その現場を直接目にした時には、誰もが言葉を無くしてただ立ち尽くすばかりであった。

この近隣に新設された「南三陸・海のビジターセンター」で、今回の旅行の主目的である講演会が持たれた。その最初に、志津川湾のカキ養殖業に大津波がもたらした奇跡とも言うべき物語を、聴くことになった。それは未曾有の震災を契機に深刻なコモンズの悲劇※から脱却できたという、まさに“災い転じて福”とでもいうべき稀有な事例であった。

コモンズの悲劇

経済学でよく出てくる専門用語で、「共有の牧草地があれば、各々が自分の家畜をできるだけ多く放牧して、遂に牧草地を荒野にしてしまう。つまり、誰のものでもない公共、共有の資源(コモンズ)は皆が争って奪い合い、結局は共倒れ(悲劇)に至る」という教訓。

コモンズの悲劇の発生

もともと、志津川湾は開放的内湾で、水深は深いところで50m以上あり、40種を越える魚種が水揚げされる豊かな漁場であったとのこと。しかし、儲かるカキと銀鮭の養殖がどんどん拡大され養殖場は過密状況になっていった。それが生息条件を急激に悪化させ、当然のこと収穫量の低下をもたらした。そこでさらに、各漁業者は養殖密度を上げて自らの収量を上げようとした。この悪循環はまさに「コモンズの悲劇」そのものである。このような“人為的悲劇”状態を襲ったのが、あの大震災という巨大な“自然の悲劇”であった。そこで漁場、漁船、加工施設などすべてが一瞬で流され、廃業も覚悟したほどの大損害をこうむった。

大津波がようやく悲劇を止めた

そのような大損害でようやく残った僅かの漁業者が、事業を再開した。その時に筏の数は三分の一になったが、その結果これまで生育に三年掛かったカキが、僅か一年で出荷できるサイズにまで成長し、しかも品質がすぐれていることで、養殖水産物の認証制度であるASC(Aquaculture Stewardship Council:水産養殖管理協議会)マークが取得でき、オリンピックなどの国際的な行事への提供も可能になっている。さらに、大被害を機に漁業者間の資源配分も後継者を重視した新たな制度を導入することで、若い世代の参入を促すことになっているそうである。

その後の水質調査で、湾の「底質状態」が大きく改善されたことが分かってきた。興味深いのはその理由で、カキが一年で出荷されるようになり、成長速度が遅く、したがって餌の消化効率が悪い2,3年カキがいなくなったため、排泄物中の炭素割合が減ったことによると推測されている。

このように、一旦悲劇のサイクルから抜けられると、すべてのことが好循環に回り始めたとのことであった。そこで、「環境に過大な負荷をかけないで自然と共生すれば、良好な漁場環境を維持し高品質なカキ養殖ができる。このような事業を目指していきたい」というのが、とても印象深い後藤さんの最後の言葉であった。

コモンズの悲劇は巨大な自然の悲劇によってしか救われない?

この南三陸の、巨大な自然界の与えた悲劇が、人間が作り出したコモンズの悲劇を初めて解決したというエピソードは、私たちに貴重な教訓を与えてくれる。

一般に、このような環境と経済の悪循環である「コモンズの悲劇」を回避することがいかに難しいかは、長年の経済学の課題として説かれてきたとおりである。今日の地球環境の危機はその最終的な例である。世界中の人間が、地球環境・資源をコモンズと考えて寄ってたかって食い尽くし、もはや究極まできてしまった。これまでの20回にわたるCOP(気候変動枠組条約締約国会議)でも、一貫して各国が他の国に責任を押し付けて自分は逃れようとしてきたが、とうとうCOP21でさすがにこのままでは先がないことに気付いて、「脱炭素社会」への転換を合意した。しかしもう手遅れと言っていいだろう。それでも我が国を始め、後ろ向きの国がいくつもあるので、悲劇を止める可能性は極めて乏しい。

南三陸の事例が示唆するのは、「地球環境の大崩壊が起こって、破局に瀕して初めて、人類は地球規模のコモンズの悲劇から脱することができる」のかもしれないということである。そして、「もしそれで生き残った人間があれば、これまでの“奪い合いの悲劇”を改めることで、“譲り合いがもたらす豊かさ”を享受できる」のかもしれない。このとき初めて、「少欲知足」という一言の意味を実感するのだろうか。

南三陸町の海
(ジョイントセミナーで宿泊した「民宿 津の宮荘」の周辺にて)

(ないとう まさあき:KIESS代表理事・京都大学名誉教授)

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