※ この記事は、KIESS MailNews 2017年7月号に掲載したものです。
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前号のMailNewsの内藤先生の巻頭言「改めて、なぜ持続可能社会を目指すべきなのか?」は、このような書き出しで綴られています。
長い間、持続可能社会について論じてきて、従来の専門家仲間での議論の場から、最近は市民、若者、中高生など多様な人々に話す機会が多くなりました。そのこと自体は嬉しいことですが、予備知識や関心の深さ、さらには価値観なども大きく異なる相手にどう話せば、言いたいことが適切に伝わるのかと苦慮する場面が増えてきました。
色々な立場や年代の方々に、持続可能な社会について話す機会が増えてきた故の悩み(?)について書かれているのですが、裏を返せば、それだけ持続可能な社会というものに対する認知が広まってきた、ということかもしれません。
たしかに最近、持続可能な…という言葉を目にする機会が増えたような気がします。仕事柄、このキーワードには敏感に反応してしまうというのもありますが、昨年あたりからSDGs(持続可能な開発目標)に関連した活動があちこちで盛り上がっているのも一因でしょう。
持続可能という言葉がここまで広まったのは、環境と開発に関する世界委員会や国連環境開発会議などを経て“Sustainable Development”が提唱されたことに由来しているのは間違いないでしょう。しかし、そもそも「持続可能」という言葉自体、どんなシチュエーションで使っても意味は通じるので、さまざまな企業や業界がイメージを向上させるための便利な言葉としても多用されています。「持続可能な自動車社会」とか「持続可能な化石燃料の利用」とか、我々の立場からするとちょっと首をかしげたくなるようなフレーズを見かけることもあります。
内藤先生の巻頭言の通り、持続可能な社会に関心を持ってくださる方が増えるのは嬉しいことです。一方で、巷には色々な「持続可能」があふれており、持続可能な…といってもイメージは百者百様なので、話をしていてもいまいち論点が噛み合わない、ということもよくあります。
ところで、筆者の頭の中には「何の役に立つのか分からないけど興味本位でやってみたい研究リスト」というのがありまして、そのリストの中でも上位にランク入りしているテーマの一つが、世間では「持続可能」という言葉がどのような場面で、どのような意味で用いられているのか? なのです。そこで今回は、手法も分析も中途半端ではありますが、自分なりに調べてみたものを紹介したいと思います。
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世の中で「持続可能」という言葉はどのような使われ方をしているか?それを知ろうとするときに真っ先に思いつくのは、新聞や雑誌といったメディア媒体を収集して、そこに書かれていることを分析する方法です。主要新聞社では学術研究用として、全国紙に掲載された記事を中心に膨大なテキストデータ集を提供しています。そこで今回はこれを利用して…と言いたいところですが、どの新聞も1年分のデータを購入するのに10万円以上かかってしまうので、今回のような軽いノリで調べてみようと思った人間には手が出せません。そこで今回は、国立国会図書館が提供している「国会会議録検索システム」1)を利用することにしました。
図1:国会会議録検索システム
国会会議録検索システムは、1947年(昭和22年)の第1回国会から現在までの本会議と各委員会での発言が全て記録されており、ウェブ上からも検索、閲覧することが可能です。
そもそも国会議事堂の中でのやりとりが世の中を的確に反映しているのか?という疑念もありますが、ともかく70年にわたる国政の場での発言がデジタルに蓄積されていて、しかも無料で利用できるという点では非常に貴重なリソースなので、今回はこの国会会議録をもとに「持続可能」というフレーズについて、いろいろ分析してみたいと思います。
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まず、はじめて国会で「持続可能」という言葉が登場したのは、いつのことでしょう?
1952年(昭和27年)6月12日、参議院外務・水産連合委員会のなかで、説明員として登壇した水産庁次長心得の永野正二氏が、次のように発言しています。
(前略)この条約の四条に書いてございますように四条の一項の(b)項の(i)でございますが、「科学的調査に基く証拠により、当該魚種の一層強度の漁獲が年々持続可能な漁獲高の実質的増加を招来しないことが明らかなこと。」と記載されてございますが(以下略)
「この条約」というのは、北太平洋の公海漁業に関する国際条約(日米加漁業条約)のことで、この中の一節を引用したのが、国会で初めて「持続可能」という言葉が登場した瞬間でした。
2番目に登場したのは1968年(昭和43年)。永野氏の発言からじつに16年後のことです。3月13日の衆議院大蔵委員会の中で、当時の総理大臣であった佐藤榮作氏が「持続可能な成長」と発言しています。当時は高度経済成長の真っ只中。同年には日本の国民総生産(GNP)が世界第2位になったという背景の中で、経済の安定化を見据えた長期的な計画が必要ではないか、という質問に対する答弁での発言のようです。
3番目が1979年(昭和54年)、衆議院本会議にて、やはり当時の首相であった大平正芳氏が「均衡がとれかつ持続可能な国際貿易」と発言しています。
そして4番目は1987年(昭和62年)、衆議院環境委員会にて春田重昭議員が国連環境特別委員会のことに触れ、その中で「持続可能な開発」という言葉を2回使っています。これがいわゆる Sustainable Development からくる「持続可能」という言葉が、初めて国会で使われた瞬間でした。
1990年代になると「持続可能」がよく使われるようになり、一時期かなり登場回数が減ったものの、2000年以降にはふたたび急増。その後も短期的な増減はあれど頻繁に取り上げられるようになり、昨年2016年には1,066回も「持続可能」という言葉が用いられるようになりました。そして今年は、6月末の時点で707回も登場しているので、もしかしたら年末までには最高記録を更新するかもしれません(図2)。
国会で最初に登場した「持続可能」は漁業に関するもの、そして2回目と3回目は経済に関するもの、そして4回目は環境に関するもの。何に対しての「持続可能」なのか?というのは、その時によってまちまちです。
図2:国会で「持続可能」という言葉が使用された回数
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もう少し詳しく分析してみましょう。1990年以降の国会会議録の中から「持続可能」という言葉を含んだパラグラフだけを抽出して、テキストマイニングによる分析を行ってみました。
テキストマイニングとは、パソコンなどを用いて文章を解析する手法のひとつで、今日ではインターネット上に存在する膨大な文書データなどを対象として、マーケティングなど様々な分野に活用されています。
テキストマイニングでは、まず全ての文章を単語や文節に分解します。そして、大量の単語や文節の羅列の中から、特定の言葉が出現する頻度や、一緒に用いられることが多い言葉などを解析することで、文章の中に隠れた何らかの情報を、定量的に明らかにしていきます。
まずは1990年以降、国会の場で「持続可能」という言葉が登場したときに、一緒に使われることが多い言葉をリストアップしてみました。以後の分析には、フリーウェアとして公開され、無料で利用できるテキストマイニングツールとして広く利用されている KH Coder2) というソフトを利用しています。
表1がその結果です。抽出語の右の数字はJaccard係数と呼ばれるもので、「持続可能」という言葉との共起頻度の高さを0から1の数値で表したものです。と言っても分かりにくいかもしれませんが、要はこの数字が大きいほど「持続可能」と一緒に使われることが多い、ということです。
表1:国会で「持続可能」と共によく使われる言葉
最もよく使われていたのは「制度」でした。法制度について議論することが多い国会ならではの結果かもしれません。その次は「社会」で、我々にとってもおなじみの「持続可能(な)社会」というフレーズが頻繁に登場している…のかと思ったのですが、実は違うようで、詳しくは後ほど紹介いたします。
「思う」「考える」「必要」といった日常的に使う言葉、「国民」「改革」といった国会特有の言い回しは除外するとして、「経済」「環境」「開発」といった、いわゆる Sustainable Development に関連した言葉もよく使われていますが、「保障」「確保」「財政」「年金」といった財政、社会保障の分野でも持続可能という言葉が頻繁に登場しているようです。
図3は「対応分析」という手法で、1990年以降の国会で、「持続可能」と一緒に使われる言葉同士の関係性をプロットしたものです。ここでは縦軸と横軸の意味は深く考えずに、
- 近くにプロットされている言葉同士は、一緒に使われることが多い
- 原点(点線が交差している箇所)近くにプロットされている言葉ほど汎用的に使われており、遠くにプロットされている言葉ほど特定の時期に特徴的に使われている
ものだと解釈してください。
図3:「持続可能」と共に使われた言葉の対応分析
さらに、この図では「1990年代前半」「2000年代後半」など書かれた赤い四角がプロットされています。これらの赤い四角の近くに位置している言葉は、その年代において特徴的に使われているということを意味します。つまり1990年代の前後半には「地球」「環境」「保全」「発展」「開発」「国際」などの言葉がよく使われており、地球規模での環境問題を解決し、持続可能な発展(開発)を目指すことについて議論されてきたことが伺えます。そして、2000年代に入ると一変し、「少子」「高齢」に「年金」「負担」、「医療」「保険」に「将来」「見直し」といったキーワードが頻出するようになります。2010年代の前半には「地域」「地方」「財政」「財源」「保障」といった言葉が目立つようになり、後半(といっても、2015年以降の2年半だけですが)には再び、2000年代と似たような傾向があらわれています。
この結果をみると、同じ「持続可能」という言葉でも、20世紀(1990年代前半・後半)には地球環境問題に関する話題がもっぱらであったのに対し、21世紀(2000年代前半以降)になると少子高齢化に端を発した社会保障制度への不安と、それに対する財政上の支援や財源の確保といったテーマの中で語られるようになっています。
図4:「持続可能」と共に使われた主要な言葉の登場回数(2017 年を除く)
図4は、「持続可能」と共に使われる主要な言葉の登場回数を時系列でグラフ化したもので、ここでも図3と同じ傾向があらわれています。1990年代前半のピークには「環境」「地球」「開発」「発展」といった言葉が多数登場していますが、それ以降現在に至るまでほぼ横ばいとなっています。2016年に「開発」の登場回数が増えているのは、恐らくSDGs(持続可能な開発目標)によるものでしょう。
「年金」「保障」「制度」といった言葉は、1990年代の登場回数はごくわずかでしたが、2000年あたりから急増しており、現在の国会では「持続可能」といえば年金などの社会保障制度を議論する場で用いられるのがメジャーなようです。もちろん、持続可能な社会というのは社会のあり方を様々な側面から捉えていくことが必要なので、環境以外の分野にも「持続可能」という視点が取り入れられるのは望ましいことです。しかし、それにしても対象が偏っているように思えますし(これも重要な課題であることは否定しませんが)、持続可能の元祖(?)でもある環境分野での議論が、1990年代後半以降さほど活発化していないというのも寂しいところです。
そして、表1では持続可能と一緒に使われる言葉の上位2つにあがっていた「制度」と「社会」ですが、これらがよく使われた時期にも偏りがあり、図3や図4をみても両者とも2000年代の半ばあたりから頻繁に使われるようになっています。このことから言えるのは、
- 年金問題など、社会保障分野に関する議論では「制度」の改革を含めた意見が交わされていたが、環境分野に関する議論では、あまり「制度」について言及されてこなかった
- 「社会」という言葉は、「社会保障」や「高齢化社会」のように使われていることが多く、むしろ「持続可能(な)社会」は少数派である
ということが言えるでしょう。
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「持続可能」をキーワードにして、国会会議録の膨大なデータからテキストマイニングを実施してみたところ、以上のような結果になりました。先述したように、国会での遣り取りが当時の世相をどれだけ的確に反映しているか、という疑問はありますが、一つの言葉を軸に分析してみただけでも、年代とその社会的背景によってはっきりとした違いを見出すことができたのは興味深いところです。
予算さえあれば新聞記事の分析もやってみたいですし、あるいはSNS上に書き込まれている人々の考えなども対象に分析してみても面白いかもしれませんが、いずれ機会があればということで…
- 国立国会図書館:国会会議録検索システム, http://kokkai.ndl.go.jp/
- KH Coder, http://khc.sourceforge.net/
(いわかわ たかし:KIESS事務局長)
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