今後の日本において、関西の果たす役割(内藤 正明:MailNews 2015年7月号)

※ この記事は、KIESS MailNews 2015年7月号に掲載したものです。

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はじめに

最近、関西広域連合のある委員会で話題提供を依頼され、“今後の日本で関西圏域がどのような役割を果たすべきか”という大きな!テーマで話をしたので、その要約をここに紹介してみる。これに関して皆さんからの意見がいただけたら幸いです。

 

これまでの議論

これからの関西の発展はどうあるべきか…といった議論は各方面でなされてきたが、その論旨はいつも、首都圏に対する羨望、怨嗟に立った上で、如何に追いつくかという次元でなされてきたように思われる。しかし今やそのような低次元での議論を越えて、日本の新たな時代を主導する役割は関西にしかないという自負に立って考えたいものである。

その根拠は、第一に、明治以降に首都圏が主導してきた“物質文明、そして20世紀の石油文明”がその競争原理と共に、いまや崩壊の危機に直面しているということ。第二に、これからの脱物質、脱競争原理に立った新たな文明創成を先導できるのは、関西圏域が歴史の中で培ってきた「豊かな文化」の資産であること、である。

 

関西であることの意味

地域の特徴を認識するには、その歴史を振り返って見ることである。関西についてそれを十分できるだけの知識・素養を、筆者は残念ながら持ち合わせてはいないが、常識の範囲で頑張って纏めてみると、

中世(江戸以前)

“思想・宗教の伝来地”としての深い哲学的思索の地。自然豊かな熱帯・亜熱帯降雨森からの自然共生的文化・哲学・宗教が最初に伝来した関西圏域には、その深い哲学思想の中心地としての集積が現在までも続いている。

近世(江戸時代)

“上方”としての文化、伝統に依拠したハイクオリティな地域。(「実用、効用、民芸の首都圏」に対する「高品質、工芸、芸術の関西」)

“王城の地 —平城京、大津京、平安京…—”としての矜持と雅。(今後の皇室行事の実施、一部ファミリーのご帰還)

現代(明治以降)

関東(首都圏)は、「富国強兵」から「産業強勢」を目指す日本を主導してきた。これによって我が国が20世紀に世界に伍して発展することを可能にした。しかし、21世紀の現在では、そのような20世紀型社会は大きな変革を迫られている。

 

【関西人の価値観】

首都は、明治維新から、「富国強兵」に始まり、今日の「産業発展」を国是とするこの国を方向を主導してきた。そこでは、国というのは「目的を持った機能体」であり、国民はそのための手段(駒)と位置付け、戦前は軍人として、戦後は産業戦士として国に尽くすような社会を創り上げてきた。これに対して関西人を代表する与謝野晶子が下の詩に込めた想いは、単に身内を心配する心情からではなく、「国の目的遂行のために身を捧げるのが国民の存在理由ではなく、各人に与えられた業に励むことで社会に役立つことが存在意義である」と主張している。

 

堺の街のあきびとの 老舗を誇るあるじにて、

親の名を継ぐ君なれば、 君死にたまふことなかれ、

旅順の城はほろぶとも、 ほろびずとても、何事ぞ、

君は知らじな、あきびとの 家の習ひに無きことを。

(与謝野晶子「君死にたまふことなかれ」より)

 

当時としては命がけのこの発言が出来たのは、ここまでの哲学を持っていたからであろう。いまの「安保論争」に加わるなら、これほどの信念と覚悟が必要ではないか。

 

変革の根拠と方向

いま必要な社会の変革方向は、我々がこれまで議論してきたことに従って整理すると、

 

【国際的】には、

  • 資源枯渇による物質文明終焉の危機 ⇒ 低炭素社会、脱石油社会
  • 自然生態系の崩壊への対処 ⇒ 生物多様性回復、自然共生社会
  • グローバル経済崩壊可能性への備え ⇒ 地域自立

 

【国内的】には、

  • 人口減少への対応 ⇒ 下り坂社会、自然回帰社会
  • 地方崩壊への対応 ⇒ 地方自立、脱近代の模索
  • 経済崩壊可能性への備え ⇒ 地域循環経済
  • 首都直下型地震への備え ⇒ 複眼構造の形成

 

これまで関西広域連合の議論の中で関心を持たれて取り上げられてきた『東近江モデル』は、このような問題認識の上に立って作られたもの。

 

持続可能社会への変革

表1の通り。この意味するところを簡潔に説明すると、

  • いまやIPCCの報告書がいう、速やかで大幅なCO2削減を世界中が認めてはいるが、どこの国も自から率先してやろうとはしない。
  • この成り行きを見ると、気候変動を防止すること(mitigation)はもはや不可能であり、気候異常が起こってもそれに適応すること(adaptation)がいまできる策であり、またこれは温暖化防止対策に比べて、自らの生き延び策として誰もが頑張る動機を持っていること。
  • そのadaptation策は、
    【レベル1】”教室や刑務所にもエアコンを導入する、対高温作物を育種する”などの逃げの方策。
    【レベル2】”市内に緑のクールスポットをつくり、熱射から地域を守りつつ温暖化防止にも役立てる”などの、削減と適応の双方向性を持つもの。
    【レベル3】エネルギー、食糧、水などをできるだけ地域の資源で自給する仕組み(自給圏)を形成する。これがまさに持続可能社会の十分条件であり政府のいう真の地方創生の課題になるだろう。

このような革命的とも言える変革は、上記のような現代社会が直面している危機 —と我々は思っているが、そうは思っていない人達が多いことが最大の問題であるが— を回避するためには、「持続可能社会」 —この定義も人によって様々なことが第二の問題であるが— への転換が必要。

その内容に至っては、特にわが国では、ほとんど合意が得られていないが、ここではあえて、首都圏に対する関西圏の特性を踏まえて整理すると、表1の通り。

 

表1:「持続可能(低炭素、脱温暖化)社会」への変革

1507_naito_table1

 

広域的な連合であることの必然性

府・県・市の単独ではなく、関西圏域で連携することの意義を整理すると、

  • 空間的な連携
  • 流域圏(若狭・琵琶湖・淀川、大阪湾・瀬戸内 の連携)による“水資源、生態系、水運、文化”を基に 、「バイオリージョナル圏域」の形成
    その中心軸は、「琵琶湖・淀川流・大阪湾圏域」であり、この圏域を一体的に見ることなしに、連坦する上下流の “洪水、水資源、生態系” を十全に管理することは困難。
  • 関西圏のsurvivable社会(フットプリント=1)のモデルを
    人類持続の危機に対応する“持続可能社会”は、各地域の自立が十分条件である。それを目指して、各府県が持つ独自の社会・自然資本“水、食糧、エネルギー、土地”さらに“地域の支え合い”を統合した「関西広域自給圏」を形成。
    <参考: “Sustainable EU”>
  • 地域個性を生かした独自性と支え合い
    「水資源、技術資源、知的資源、観光資源、自然資源、文化資源など」の特性を生かし関西圏全体として、それぞれが輝く共栄圏域を形成。
    例えば:
    大阪…商・工業、京都…文化・宗教・学術、滋賀…歴史・自然・舟運、兵庫…交流・多文化、三重…森里海、徳島…海・山連携

 

二つの社会像の共存

これからの社会変革については、「自然共生的社会」と「先端技術的社会」とでもいえるような、二つの対極的な社会像が提起されてきた。これまでは二者択一を主張してきたが、そうでなくてその二つを同時にバランスよく配置することを許容した方が、一方の強い反発を回避できるので、多少は実現性に近づくかもしれない。ということで、それを要約すると、表2の通り。

 

表2:二つの社会像の共存

1507_naito_table2

 

実施のための制度的な工夫

持続可能社会に向けた変革を実現するための仕組みをどうするかは、まだ検討段階にまでは至っていない。これまでの各分野の様々な提案を拾ってみると「法・経済・社会」制度の数例としては、

  • 経済、法制度に対して:関西広域○○特区/関西広域税制/関西広域圏通貨(シニョレッジを関西圏も手にすること)
  • 技術、製品に対して:関西圏認証制度(安全、環境、福祉など)
  • 教育に対して:関西圏独自の教科副読本(歴史、文化、倫理)

※シニョレッジ【seigniorage】:通貨発行益。政府などが通貨発行によって得られる利益のことで、額面から製造原価を差し引いたもの。

 

(ないとう まさあき:KIESS代表理事・京都大学名誉教授)

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