※ この記事は、KIESS MailNews 2015年1月号に掲載したものです。
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有機物循環の形成と崩壊
人間による生産活動を含めた食料供給を軸とする有機物循環は2つのシステムから形成される。1つは,農業,畜産業,林業などで副産物や廃棄物である有機物を相互に利用しあう一次産業内の部門間および産業間の連携による循環システムである。もう1つは,農業,畜産業,漁業の生産物が食品加工業,食品流通業を経て消費者の手にわたる製品供給と,各段階において発生する副産物や廃棄物を再資源化して,生産工程へ戻すか,別の産業に有効利用する循環システムである(図1)。
江戸モデルと呼ばれるように,この2つの循環システムが機能することによって,廃棄物が資源として有効に利用され,人間活動が自然生態系と調和し,都市と農村のバランスが保たれ,有機物の過不足のない循環が形成されてきた。しかし,社会経済活動が短期間に量的に拡大するとともに質的な構造変化を起こしたことにより,有機物循環が崩壊し,その影響が環境負荷の増大として表面化している。
図1 有機物に係る2つの物質循環
有機物循環崩壊の要因
では,なぜ有機物循環が崩壊したのか,その政策的要因について再考したい。
第二次大戦後,食料の確保と農村の民主化を目指して農地改革が行われ,農地の解放により自作農化した農業者は,生産意欲を高め,生産に従事したが,国全体の農業者数と農地面積そのものが増加していないため,食糧増産が思うように進まなかった。このような状況下で日本は1954 年に日米相互防衛援助(MSA)四協定を締結する。このMSA 四協定に含まれる「余剰農産物購入協定」によって,アメリカは余剰農産物(特に小麦)を日本に販売し,その収益を日本の防衛投資や日本の製品購入に充当することになる。この協定により,日本は前年の凶作をカバーし,増加する小麦の需要に対応できたが,その反面,今日に至る食料や飼料の全面的な輸入依存体質への道を拓くことになり,農業生産を弱体化させ,有機物循環に大きな影響を与えることになった。
さらに,1960 年代の高度経済成長期には所得倍増計画の下で,農業基本法を制定し,農業と工業間の生産性格差および所得格差の是正を目標とし,労働生産性の向上を目指した。これによって,畜産業は規模拡大が進んだが,その過程で輸入飼料への依存度を高め,国内の飼料やワラの利用は低下していく。また,1990年代に入ると,牛肉の輸入自由化,土地価格の高騰,都市域の拡大による臭気問題などが原因で畜産業は山間地に移動することになる。この物理的な乖離が農業との連携を断絶させ,家畜ふん尿を資源から廃棄物へと変化させた。
一方,農業も規模拡大に向けて機械化が進められていた。これに合わせて,政府は一層の経済成長を促すために交通基盤を整備し,産業工場の地方進出を誘導していく。つまり,農業の機械化を進めることで余剰となる農業労働力を工業へ移転させるとともに農業分野を土木事業や機械設備投資の新しい市場としたのである。
その結果,農業労働者は他産業へ移出したが同時に兼業農家が増加した。そのため,政策的に促進してきた経営規模拡大を目指した農地の流動化は進まず,中山間地では離農,離村による過疎化,農地の管理放棄が誘発され,現在の農村が抱える多くの社会問題につながることになるのである。
南あわじでの取組みと有機物循環の再構築の方策
の場は危機的な状況を迎えているが,すべての農村地域において有機物循環が崩壊したわけではない。ここでは現在も有機物循環,特に農業と畜産業における堆肥循環を維持している兵庫県南あわじ市を事例として, 有機物循環の再構築の課題について検討したい。
南あわじ市は淡路島の南部に位置し,温暖な気候特性を利用した玉ねぎ,レタス,白菜などの三毛作農業が行われている。この三毛作を維持する上で重要な役割を果たしているのが堆肥循環である。畜産業は家畜ふん尿を一定期間堆積し,発酵させた堆肥を春と秋に農業へ供給し,農業は稲わらを畜産の粗飼料として供給することで堆肥と稲わらの交換による物質循環が形成されてきた(図2)。
図2 南あわじ市における堆肥循環の模式図
しかし,近年,飼料価格の高騰や乳価の低下が影響し,畜産業を取り巻く経営環境が非常に厳しくなっている。南あわじ市では平成19年に6790頭飼育されていた乳用牛が平成25年度には3825頭と6年間で44%も減少している。また,肉用牛も同様に5650頭から3967頭と30%減少している。このため,農業へ供給される家畜ふん尿堆肥が減少し,三毛作農業の維持が懸念されている。そのため,堆肥循環を維持するためには減退が進む畜産業の支援が必要になり,特に低価格で安定した飼料の確保が課題となる。さらに,長期的な視点からは後継者や新規就業者の確保が必要だが,農業と異なり,畜産業は設備投資が大きいため,後継者確保や新規就業の誘導も容易ではない。
農業サイドからは肥料養分の供給という点において,堆肥の代替として化学肥料があるわけだが,一年中休む間もなく耕地を使い続ける三毛作では化学肥料だけでは十分な栄養塩の補給が難しい。長期的な視点から堆肥利用と化学肥料による生産比較を行わなければ,正確な評価はできないが,堆肥を利用してきた農家は堆肥を使わなければ,品質,収量ともに低下すると指摘している。また,化学肥料だけでは土壌の物理性が維持できないため,農作業環境も低下する。
堆肥循環が維持できなくなっても,他の有機物を利用すれば,経営という点では優位な農業である三毛作農業は十分に対応が可能かもしれないが,三毛作農業は労働負担も大きいため,他の地域と同様に後継者不足の問題を抱えている。
有機物循環の再構築に向けた方向性
有機物循環が機能するということは,物質循環を適正化し,廃棄物の有効活用をするという点だけではなく,農地の地力回復・土壌改良効果,環境教育の場の形成,中山間地域におけるコミュニティの維持・活性化,国土保全や生態系の維持などの効果が期待できる。
そのため,有機物循環の維持形成においては,南あわじ市の例をとれば,畜産業を支援するという対策がまず考えられる。確かに個別対策としての畜産業の支援は重要な問題ではあるが,これを単に畜産業内の問題として捉えてしまうとその答えは補助金政策といったこれまでのその場しのぎの対策にしか行き着かない。つまり,サプライチェーンのどこか一つを切り出して対策を行っても一時的には回復するかもしれないが,問題の本質は解決しない。そのため,循環を構成する主体とその循環形成によって効用を受ける全てのステークホルダーが,点ではなくチェーン,つながりを前提とし,個別の利害だけにとらわれず,循環形成を維持するという目標の下で対策に取組まなければならない。そのためには具体的な対策をステークホルダー全体で協議するガバナンス形成のための「場」づくりが対策の第一歩となるだろう。
(くすべ たかせい:KIESS理事・石川県立大学講師)
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