紙幣大増刷で一気に好景気(内藤 正明:MailNews 2013年1月号)

※ この記事は、KIESS MailNews 2013年1月号に掲載したものです。

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政権交替と経済

政権が変わって、一気に景気が良くなってきたようです。長く国民が待ち望んでいた「景気回復」がたちまち現実したとすると、自民党政権はさすが、それに比べて民主党は何だったのか、ということになる……のでしょうか。

では、魔法のように一気に景気が“良くなった感”が出てきたのは何でしょう。それは、国債の大増刷とそれを日銀が引き受けると決めたこと、そしてその金を大規模な公共投資で全国にばら撒く、という政策を打ち出したことでしょう。実際はまだ実行されてはいないのに、すでに景気を示す数字が上がっているのは、“景気”というのは文字通り「気」のもので、皆がその気になれば良いというのが分かります。よく株式市場で、「…の材料を囃して、**株が値を上げました。」などという表現を聞いて、“祭りのお囃子ではあるまいし…”と思っていましたが、まさにそのものだったのですね。中身が無くても囃し立てれば値が上がる。政治のことを昔は、「まつりごと(政)」と呼びましたが、政治は祭祀と同じことだったようですから…。

 

お金増刷の功罪

お金をたくさん印刷して社会にばらまけば、会社は景気が良くなって従業員の給料が増え、税金をたくさん納めるので、国の税収も増えてまた公共投資ができる、という好循環が起こるという政策のイラストがテレビのパネルで見せられていました。この理屈がイラスト通りならことは簡単で、民主党でも出来たはずなのに、なぜしなかったのでしょう。それは、1月8日の新聞記事が示唆しています。つまり、「借金頼みの大盤振る舞いに経済界は沸き立つが、かつての自公連立政権時代を彷彿とさせる“先祖帰り”を懸念する声も出ている。」とする内容です。この“懸念”の中身はなんでしょうか。素人なりにこのことを考えてみると、これには二つの面があると思われます。

一つは金の面からの課題ですが、これは言うまでもなくいま国の借金と言われるものが膨大に膨らんでいるので、さらに金を刷ってばらまけば借金が積み上がるからです。借金の問題の一つは、そのツケは誰が払うかです。いまの投資が将来の資産として役立ち、ただの借金ではなくそれが富を生めば、今の投資が将来世代の豊かさを支えてくれるかもしれません。これからの公共投資がそのようなものであればいいわけですが、果たしてそうでしょうか。これまでのリゾート開発がその典型ですが、いまでは道路、上下水道、ダムなどの公共施設が、その維持管理に巨額な金を要する不良債権となっている事例が多いようでは、子孫に富を生むより負担を負わせることになりはしないでしょうか?

そもそもこの借金は、年寄りが過去に稼いだ貯蓄から借りたものですが、どうせまた円を印刷して返せば文句は言わない。その場合は金が溢れて(インフレになって)お金の価値が下がるから国民は文句を言うはずですが、そこがデフレの中にある我が国では問題にはならないだろうという有り難い予想ですかね。もし、それが外国からの借金であれば、円を印刷して返すことができないので、ギリシャやスペインのように問題が深刻になってくるのでしょう。

 

「アベノミクス」の議論

この安倍さんの政策は「アベノミクス」と呼ばれて支持されているようですが、これについてネットの情報では、ノーベル経済学賞受賞のグルーグマン氏の、以下のようなコメントが紹介されています。それは、「アベは経済政策にほとんど関心を持っていないが、そのトンデモ政策が結果的に正しいかもしれない」、「アベノミクスは試してみる価値はあるかもしれない。もし、実験台になる覚悟があれば…」というものです。また、日本の経済学者の間でも同様の議論がすでに交わされているとのことです。

以上の僅かな議論を見ても、経済というのはそれを専門にしている人達でさえも、言うことが大きく違っているので、門外漢にはその真偽が分からないのも無理はないと、いまさらながら思わずにはおれません。金さえ多く流れて皆が儲かるというのは結構なことのようですが、どうもそうはいかないかもしれないという専門家がいるということですね.仮にそこそこ金が回り始めたとして、後はその金がどこまで公平に分配されるかという社会的な課題があることも気をつけないといけないでしょう。

しかし、このような金の面の難しい議論を十分理解ができなくても、我々環境問題を議論してきた工学屋から見て、最も納得しがたい問題は、金の流れがあれば必ずそれとは反対の方向に、モノ(とサービス)が流れることが、議論の中に出てこないことです。そのことはすでに「エコロジー経済学」で以前から問題提起されてきたはずですが、資源やエネルギー、それに環境の容量は無限であるという前提で議論してきた「正統派経済学」なるものを信奉する人達には、そのような主張を無視してきた、または気も付かなかったのかもしれません。もしくは、気付かないほうが得だという人達が多いというのが本当のところでしょうか。

 

余りに難しい経済の論理

というようなことで、門外漢が論じるには経済は余りに理解の困難な世界であることが、このたびのアベノミクス議論から分かってきました。筆者の今回の論旨も間違いだらけかもしれないので、大方の指摘を期待しますが、これ以降の話に入ると、いよいよ経済のことをもう少しまともに学んで論じなければならなくなります。ということなので、これは次号に続く…として時間を稼いで、その間に勉強をさせてもらいたいと思います。そして、行き着く先に「幸せ経済学」が控えているというシナリオですが、果たしてうまくたどり着けるでしょうか。乞うご期待というところです。

 

(ないとう まさあき:KIESS代表理事・京都大学名誉教授)

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