※ この記事は、KIESS MailNews 2011年10月号に掲載したものです。
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今日の社会の危機的状況
20世紀文明がもたらした副作用
いま世界中で持続可能社会を求めて模索がされています。それはつまり,人類社会がこのままでは持続しなくなりつつあるということです。では一体それはどんな状況なのでしょうか。大きく言えば,巨大な人間活動によって消費される“資源・エネルギー”がそろそろ底を尽いて,その枯渇が始まっているというのが一つの側面であり,一方その消費の結果として放出される様々な環境への負荷によって“地球環境の破壊”が引き起こされているというのがもう一つの側面です。さらにこのような資源と環境という物理的な面の危機は,南北格差,経済不安などという社会的な面の危機と互いに加速し合って,世界経済や社会も危機的な状況にしています。
環境の問題はどのような状況か
自然,人工を問わず環境に対して我々はこれまで様々な問題を次々と惹き起こしてきました(表1)。
それらを分類すると,一つは“オゾン層破壊,海洋汚染”などの,主に工業社会から発生する“人工的な物質による汚染”という類の「質」の問題です。これは特定の化学物質が原因なので,その生産・使用を止めれば時間は掛かるとしても,喰い止められるものです。事実,近年はそれらに一定の改善が見られます。もう一つは,“熱帯林の破壊,砂漠化”など“自然生態系の破壊”という範疇のものですが,これは人間活動の「量」の問題ですから,人間の数とその活動量そのものが原因なので,その対処はとても困難です。
この巨大な人間活動は一日に200種の生き物を絶滅させ(図1),毎年6万平方キロ(四国と九州分)の土地を砂漠化し,全地球で4分の1の土地で9億人が影響を受けているといわれます。
表1:現在の環境問題の種類と特徴
図1:WWFの「生きている地球指数」
(出典:ミレニアム生態系評価1),グラフ作成:RSBS2))
COP15の議論の要点
そしていまもっとも心配されているのが“地球温暖化”ですが,これも人間活動の量的拡大がもたらした環境問題であるために,その解決は困難です。特に,その主な原因が石油の大量消費にあるので,これを抑えることは「石油文明」といわれる現代の社会そのものの変革が必要だからです。最近のCOP15が各国の利害対立から難航したことはその証でしょう。
そのコペンハーゲンでの議論は,まず地球の温度上昇を2℃以内に抑えることを前提としたものでした。この “2℃”の意味を再確認すると,地球の平均気温が産業革命前に比べて2度上がると,人類生存の基盤である地球生態系が崩壊の危機に直面し,その結果は,われわれにとって最も重要な食物生産が危なくなることを意味します。では,気温2℃上昇を突破する“ポイント・オブ・ノーリターン(引き返せない点)”がいつ来るか?NASA(米航空宇宙局)が科学雑誌『ネイチャー』(2009年4月号)に掲載した記事によると,2032年から2040年としています。
石油資源も枯渇する?
地球環境問題と並行して,石油の先行きももうそう長くはないと,石油専門家は警告しています。すでに石油生産のピークが過ぎたという意味で,「オイルピーク」という言葉が最近しきりにいわれるようになりました。油田の発見は1965年頃をピークに急激に減少に向かっていますが,石油消費は80年前後に一時的に減ったものの,その後は再び急増しこれが今後も続くと予想されています。需要量は油田発見量をすでに1980年に越えていて,その差が今後も開いて石油の価格が上がり,世界が争奪戦をすることになるでしょう。その時のパニック状況を予想したもの3)の一部が以下のようです。
21世紀のある年の日本の状況(最悪のシナリオ)
- 夜間のネオンなどは消灯し,夜間のテレビ放送は終了する。
- 一般用のガソリン販売は停止となり,会社通勤は電車,バス,路面電車などの大量輸送手段と自転車,徒歩となる。
- 時差通勤を余儀なくされ,通勤できない人もいる。
- 航空機はほとんど運航なし。
- スーパーでの売り場から包装を必要とする生鮮食料品が姿を消す。
出典:大久保泰邦氏(産業技術総合研究所)
これはいまの恵まれた生活をする日本人には悪夢のような状況でしょうが,飢餓に直面している途上国の人達にとってはそれほど驚くことではないでしょう。また,この内容は地球温暖化で想定される姿とほぼ同じことであるのは当然と言えましょう。それがいつ起こるかは明確ではありませんが,何十年先ということではないだろうと多くの研究者が予想しています。
石油文明の終焉?
自然科学的にみたポイント・オブ・ノーリターンに対して,社会科学的にみたポイント・オブ・ノーリターンがあり,その時点はあと5年後だといわれています。なぜ,地球問題と並行して,社会にもそのようなことが起こるのでしょう。それは,両方の原因が同じであると考えられるからです。
簡単に言えば,石油資源に支えられた大量生産の20世紀の工業社会が,生き残りのためにグローバルな資本主義市場経済で,世界規模での経済競争を繰り広げました。その結果は,国や民族間の格差を拡大して世界の経済社会の不安定状態をもたらしました。その兆候は最近の世界経済に次々に起こるショックです。
このように,20世紀に我々が作り上げた石油文明はその頂点を越えて,急激に坂を下り始めたといえるでしょう。地球環境問題はその一つの症状であり,さらに資源枯渇に加えて,過度な経済成長が経済や社会の歪を制御不能なまでに拡大したということでしょう。以上を総括すれば,いよいよ石油文明に代わる新たな文明を,本気で模索する時期に差し掛かったということではないでしょうか。
それでは,人類社会がこのような危機ともいえる状態になった本当の原因を診断する努力はされてきたでしょうか?これまでは,海,空,生物といった対象毎に,また自然,経済,社会と分野毎に探求してきました。だから,対策もまた個別,対症療法にならざるを得ませんでした。しかし,いまの人類社会はまさに長年の生活習慣がもたらした体調の深刻な状態が,身体の各部に様々な症状を現している状態といえましょう。
参考資料
- World Resources Institute:Ecosystems and Human Well-Being, Biodiversity Synthesis, Millennium Ecosystem Assessment,2005.
- サステナビリティの科学的基礎に関する調査プロジェクト:サステナビリティの科学的基礎に関する調査報告書,http://www.sos2006.jp/houkoku,2006.
- 大久保泰邦:石油ピーク後の世界,もったいない学会WEB学会誌,Volume 2,pp.25-30,http://mottainaisociety.org/pdf/academic_journal/okubo_v2p25p30.pdf,2008.
(ないとう まさあき:KIESS代表理事・京都大学名誉教授)
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