※ この記事は、KIESS MailNews 2011年6月号に掲載したものです。
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環境技術の歴史的変遷
環境を保全するための技術を広く「環境技術」と呼ぶと,その内容は多岐にわたります。かつては,生産のための技術を「動脈系技術」と呼び,これとの対比で「静脈系技術」と呼ばれたこともありました。この対比は環境技術の役割をうまく表現していると思います。これを歴史的にみますと,まず“公害防除技術”というのが最初で,さらにその後“自然保護”のための技術が考えられました。
その頃(1950~70年代)は,物の豊かさを目指した産業や地域開発という動脈系の活動が,大きく進められましたが,その裏で様々な副作用(公害や自然破壊)が生じました。環境技術というのは,それらの副作用を軽減するための技術ですが,最初は静脈の末端(end of pipe)での対策・対応から始まりました。その時の「公害防除技術」の性能は世界的にも高く評価されるものでありました。
ただしこの成功が,その後の新たな環境問題に対する対応を間違える一つの原因であったように思えます。というのは,末端対策で済む時代から,生産・開発という動脈系のあり方,さらには産業構造そのものを変えることも必要になってきたのに,日本では“優れた防止技術”の延長線上で対応することに固執してきたように見えます。いつまでも胃薬を飲み続けて,お腹のガン細胞を切除することを無視しているようなものです。
環境技術は社会の在り方と不可分
クルマや家電などは,どの国に持って行っても大体同じように機能が発揮されますが,環境技術(水処理とか廃棄物処理,さらに省エネ,新エネ技術など)は,それが使われる社会の状況(経済状況,資源,さらには文化,伝統,人材など)とも関係が深いので,どこでもいつでも同じように役立つというような技術でないものが多いです。しかし,日本ではそのことに対する認識が欠けているのではないかと思われます。
その一例を,「生ゴミのバイオガス化」技術にとると,その原理自体は,原料である生ゴミを嫌気条件下で適正な温度と湿度に保って,発生ガスを得ればいいので,それほど原理的には難しいものではありません。しかし,我が国ではそれが特段に役立ってきたという実績が乏しい状況です。一方,中国やインドの遠隔地などでは大変普及していると聞いています。ただし,写真から想像されるように,技術レベルならば日本のものがずっと高度であるようですが,社会での役立ち度合いでは逆です。その差はどこからくるのでしょうか。雲南省では発生するメタンガスがエネルギー源として家庭に役立ち,液固の残渣が肥料として大いに役立っています。しかし,都市ガス網が完備し,安価で便利な化学肥料が手に入る日本では,バイオガス装置からの副生物は,ほとんどの場合に廃棄物として処理するしかありません。だから,よほど特殊な場合でなければこれまではほとんど実用には至りませんでした。
途上国への技術援助において,日本をはじめ先進国の高度技術の移転が,このような相手の社会条件に対する配慮不足のために成功しなかった事例は数多く報告されています。
(写真:鹿島建設(株),楊瑜芳)
適正技術の必要性
このような事態に対して,すでに20年も前に「代替技術」という概念が,シューマッハによって提起され,それを基に,「地域技術」とか「適正技術」などこれまでの高度な近代技術とは異なる技術概念が提起されました。最近になって「適正技術」という言葉が,再び聞かれるようになってきたが,それは必ずしも途上国のためではなく,日本の国内で崩壊の危機にある地方の再生にも,このような技術の方向が大事であると,考えられ始めたからでしょう。
ごく最近になって,「社会技術」という概念が提起されています。これを筆者は,これまでの企業利益(for stockholder)のためではなく,社会全体(for stakeholder)の利益のための技術と定義しています。なお,これに加えて工業化に遅れた途上国の技術を「家庭技術」と呼ぶのはどうかと提案しています。このような“誰のための”という定義が必要なのは,企業利益を尺度にすれば,動脈系でも静脈系でも,スケールメリット(大きいことは良いことだ)を追求し,過度な高付加価値化をもたらすことになってしまいます。静脈系での流域下水道はその代表ですが,いよいよ化石燃料に大きくは依存しない「脱石油型,または低炭素型」の技術体系が求められています。そこから改めて適正技術に立ち返った技術の議論が始まってきました。そのような議論をキーワードで要約すると以下の表のようになります。
表:技術の3種とその市民ガバナンス
地球環境のための科学技術
改めて地球環境問題に対応する技術を見てみると,これまで大きく二つの方向がみられることは何度か言ってきました。その一つは,これまでの技術の延長としての「技術高度化シナリオ」で,核エネルギー,宇宙での太陽発電,深海のメタンハイドレートなどはその例です。もう一つは,人類が改めて自然生態系の一員として生き直そうとするもので,当然いまの社会も含めて新たな技術を構築する「社会変革シナリオ」とも呼ぶべきものです。
「社会変革シナリオ」は,有限の地球という厳しい制約を認識して,その下で新たな技術およびそれに支えられた社会の姿を見つけようとするものですから,そもそも社会の目標そのものも,「新たな幸せ」の定義が必要となるでしょう。それは結局,「人間いかに生き延びるのか」に関する哲学が,その前提として必要になります。
(ないとう まさあき:KIESS代表理事・京都大学名誉教授)
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