食料生産と農業から見た今後の社会のあり方(楠部 孝誠:MailNews 2011年4月号)

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※ この記事は、KIESS MailNews 2011年4月号に掲載したものです。

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『本当は危ない有機野菜』は本当か?

今年1月の土曜倶楽部で『本当は危ない有機野菜』(松下一郎,徳間書店)について報告したが,その内容を簡単に振り返るとともに,日本の食料供給を通じて今後の社会のあり方について考えてみたい。

本書はタイトルに示しているように,現在の有機野菜を摂取することの危険性を指摘している。一般的に栄養価が高く,自然嗜好,安心・安全と言われている有機野菜を摂取することがなぜ危険なのか。その原因は有機野菜を生産する環境にあるとしている。わが国は戦後から食料や家畜の飼料を大量に輸入し,そのふん尿を堆肥としてリサイクルし,土壌へ還元してきた。しかし,作物が必要とする以上に堆肥として還元されたふん尿は土壌だけでなく,地下水や表層水を汚染(富栄養化)し,病原菌が発生しやすい状態になっており,とくに,家畜を過密かつ大規模に飼育している地域ではその傾向が強い。

わが国の有機農業には,きちんとした定義がなく,農薬と化学肥料を使わず,とにかく堆肥を利用することがいいとされていることが問題を深刻化させている。つまり,堆肥自体が悪いというのではなく,堆肥の品質や施肥基準がないという点に問題があると指摘している。そのため,低品質(未発酵)のものでも利用されるし,必要量以上に利用されることもある。このような堆肥の散布を長期に亘って行うことで,土壌に栄養塩が蓄積し,地下水や表層水を汚染される。また,家畜ふん尿だけでなく,重金属を多く含む下水汚泥などを堆肥や土壌還元剤として田畑に施肥することで,重金属による汚染も発生する。

そして,問題は富栄養化による汚染だけではない。海外から輸入される家畜の飼料には日本では使用が許可されていない除草剤や長距離輸送に伴うポストハーベストなどの農薬が残留している可能性があり,それを家畜が摂取し,体内で濃縮され,そのふん尿を起源とする堆肥を利用することで,土壌がさらに汚染される。このような環境で生産された農産物,とくに堆肥を利用する有機野菜が安全であるはずがなく,とくに海外の飼料を利用している畜産ふん尿は質,量の両面からリサイクルすべきではないとしている。

有機野菜に関する問題は有機物の取り扱い,とくにリサイクルのやり方にあるため,本書では,膜処理による水の浄化やGAP(Good Agricultural Practice:適正農業規範)の導入,堆肥の品質(腐熟度,原料)のチェック,家畜の飼料の転換,といった農業視点での対策を提案している。しかし,根本的な原因である,①食料や飼料の過度な海外依存,②海外からの輸入トウモロコシに支えられている大規模な工業型の畜産業,③大量の食品廃棄物を発生させている生産・流通・販売・消費システムが解消されなければ,提案されている対策も対処療法でしかなく,根本的な解決には結びつかない。

 

なぜ,農産物を海外に依存するのか?

食料や飼料を海外から大量に輸入することが遠因となっている富栄養化の進行は,1980年代の後半から指摘されていた。しかし,食料自給率(コラムを参照)が示すように,わが国は現在も食料や飼料を海外に依存し続けており,特に小麦,トウモロコシ,大豆,油糧種子,果実,肉類などの自給率が極端に低い。

これらの農産物,特に小麦,トウモロコシ,大豆,油糧種子を海外に依存し始めたのは主に戦後からである。これらの作物が輸入依存に至る経緯を概略すれば,まず,戦後復興の食料難に対して,政府はアメリカからの食料援助を受け入れ,学校給食にパンと牛乳(脱脂粉乳)を供給した。さらに,中華人民共和国の誕生(1949),朝鮮戦争(1950-952)といった東アジアの変革に伴い,アメリカは共産主義の防波堤として,1954年に日本との間にMSA(Mutual Security Act:相互安全保障条約)を結び,その一環で「余剰農産物購入協定」を結ぶ。この協定によって,アメリカは余剰小麦を日本に売却し,その利益で日本の防衛投資を行っていく。これ以降,日本は米以外の穀物や大豆の国内の増産生産計画を放棄したこともあり,この協定締結がこの後の日本の輸入依存体質の道を開くことになる。さらに,アメリカは小麦によるパンと食の欧米化を普及させ,パン食に伴う肉や乳製品,油の需要増加,それに必要な飼料作物(トウモロコシ)の輸入が増加することになる。

この後,日本は1960年代の高度成長期に農業基本法が制定され,それまでの有畜複合農業から経済成長に伴う食生活の欧米化の拡大を想定した畜産物,果実,野菜などの生産品目の選択的拡大,規模拡大による農業経営対策を実施する。しかし,農地の集約化(規模拡大)が進まないまま,選択的拡大をした生産品目は国際市場での競争にさらされた上,1980年代には対日貿易収支の不均衡解消から農産物の市場拡大が活発化し,牛肉・オレンジの自由化,米市場の開放などによって,わが国の農業は衰退へと進むのである。

このように,戦後のアメリカの食料戦略とわが国の農業政策の失敗が輸入依存の直接的な原因ではあるが,急激な経済成長と人口増加,さらには豊かで多様になった食料需要を満たすには,国土(農地面積)が狭すぎたということもある(パンや麺に用いる小麦はわが国の気候が栽培に適さないという点もある)。

 

海外への輸入依存の何が問題なのか?

国内で食料,特に穀物を生産せずに海外に食料を依存することの問題点について,一般的な議論を踏まえて改めて整理してみよう。

最も懸念されるのが,地球温暖化などの影響で輸出国に不作や干ばつが起こった場合に,食料が輸入できなくなるという事態である。IPCCの第4次報告書でも地球温暖化の進行で,短期的には農業生産が増加する地域もあるが,中長期ではどの地域も農業生産が低下することが指摘されている。また,気候変動の影響とともに問題視されているのが農業用水の枯渇である。アメリカの穀倉地帯など穀物の生産基地では地下水を汲み上げて利用しているが,この地下水の枯渇が予測されている地域が多く,近年のバイオ燃料向けの穀物の増産が水資源の枯渇に拍車をかけている。また,増産のために化学肥料を大量に利用することで,地下水や表層水を汚染(富栄養化)させる悪循環がおこり,農業用水はあっても利用できない地域も現れ始めている。

このような要因で生産量が低下すれば当然,生産国は国内需要を優先するため,輸出量が低下し,輸入に依存するわが国は,食料の確保が難しくなる。そのため,地球温暖化による影響が表面化する中で,「化学肥料が普及し,世界にはまだ休耕地が残存しているため,世界的な食料危機は起こりえない」といった意見には疑問を抱かざるをえない。農業は工業にように計画的に生産調整ができるものではなく,自然の影響を強く受けるという点に注意が必要であろう。

次に懸念される問題が,国際市場での取引の影響である。2008年,世界の穀物生産はそれまでにない生産量をあげたにも関わらず,国際市場での取引価格が急騰した。その大きな要因が,サブプライムローン問題に起因する投機マネーが流れ込んだことである。わが国では,小麦などの穀物を利用する食品加工業,飼料穀物のほとんどを海外に依存する畜産業,その畜産業からの製品を利用する食品加工業などの一次および二次生産者は軒並みその影響を受け,末端価格が上昇したこともあり,記憶に新しいだろう。

また,新興国の発展やバイオ燃料利用の拡大も輸入依存体制に不安を投げかけている点である。かつてのわが国がそうであったように,経済発展によって新興国の直接的な穀物需要の増加に加え,食肉や畜産物に必要な穀物需要も増加していることで,国際市場での穀物の争奪が激しくなっている。実際,中国はトウモロコシの輸出国から輸入国に転換しているし,インドは世界第2位の小麦生産国であるにもかかわらず小麦を大量に輸入している。このような潜在的な需要が大きい国が輸入国になる,あるいは輸入国にならなくても不作などの影響で国際市場に穀物を求めることになれば,安定した価格で穀物を確保できるかは不透明な部分が多い。

さらに,2002年の原油高を契機に多くの国がバイオ燃料製造に取り組み始めたことも重要な要因である。バイオエタノール向けのトウモロコシやサトウキビ,バイオディーゼル用の菜種や大豆,パーム油などがバイオ燃料として利用されているが,農産物の価格調整として利用される可能性も否定できず,食料の安定供給を逼迫させる重要な要因となっている。

このように穀物の量を確保すること自体の問題とは別に,輸入に依存する体制は穀物の質の確保という点でも問題もある。例えば,アメリカやオーストラリア,カナダなどの遠距離から穀物を輸入することで,ポストハーベスト農薬の残留問題やカビ発生など起因する問題にも注意が必要になる。海外から輸入された農産物がすべて危険というわけではなく,このような問題が発生した場合の対応やリスク管理,トレーサビリティといった原因究明が国内農産物と比較して困難であるというところに問題がある。

また,遺伝子組み換え作物の問題もある。遺伝子組み換え作物が絶対的に悪いというよりは,国内での消費者とのコンセンサスが取れていない状態で,消費者の知らないところ(食用油の原料となる菜種,大豆,飼料であるトウモロコシなどで遺伝子組み換え作物が急速に普及している)でこれらが混入している点に問題がある。

食料,飼料の輸入依存が続く中で,国内農業が衰退し,農村が疲弊している点も問題だろう。輸入依存に至った経緯は前述したが,国内で生産している農産物も海外の農産物との競争の中で,TPPなどの貿易に関する交渉によっては,さらに輸入依存が進む可能性もある。外食や中食,加工食品には多くの輸入農産物が利用されていることも国内の農業を衰退させる要因であろう。国内の農業が衰退し,農地が減少すれば,有機物の絶対的な受入量も低下し,さらに環境への負荷が増加することは否定できない。

 

今後の食生活と農業を考える

このように食料や飼料を海外に依存することは,食料の安定的な供給ということ以上に,国内の環境や食の安全性の確保という点で多くの問題を抱えている上に,輸出国の環境汚染(水資源の浪費,森林伐採など)をも伴うことから,輸入依存からの脱却が必要だが,わが国の人口と国土(農地)面積,さらには食生活の水準を考えれば,完全に自立し,自給することは難しく,一定量を海外に食料を依存せざるをえない。しかし,現在のような輸入依存超過を改め,少しでも依存を解消する方向を模索する必要はある。

そのためには,環境保全を含めた国内の農業の活性化が必要になるが,現在の農業の活性化のキーワードは,効率的に大量生産する“規模拡大”や“輸出”になっている。しかし,穀物などは規模拡大をしたところで,そもそもの規模が違いすぎるため,到底アメリカやオーストラリアなどに勝てる見込みがない。また,規模拡大は労働生産性を高め,効率化することであるから,今以上に石油に依存した農業になる可能性が高い。また,輸出についても栄養塩が蓄積しているという点では全く否定するものではないが,やはり大量に生産し,販売することが必要になることから,規模拡大が前提にならざるをえない。実際,規模拡大は日本では難しく,農業をしなくても農家は土地を離さないし,貸し出さない。そのため,規模拡大だけでなく,企業参入も難しい(実際に参入した企業は撤退するか,継続していても小規模にとどまっているし,企業参入して成功した例はほとんどない)。

では,どのような方向で改善していることが望ましいのだろうか。当然のことながら,農業だけを改善するには無理があり,われわれの生活自体のあり方を含めた大きな転換が必要であり,それが持続可能社会ということにつながるのであろう。

つまり,農業を起点とした社会転換を模索するという点では,生産品目の選択的拡大する前の状態である有畜複合農業に戻し,適正な規模での生産と窒素バランスを考慮することである。それには,有機野菜のところでも指摘があったが,工業的な畜産からの脱却が必要になる。畜産を大規模にすると大量の飼料が必要になり,どうしても穀物飼料に依存せざるをえなくなる。また,家畜の病気発生への対応,抗生物質の多用,ふん尿のリサイクルによる環境汚染というサイクルから脱するためにも,バランスのとれた規模での生産が必要である。そもそも草食動物の牛に穀物を与えることが問題の一因であるとの指摘がある。

これまでは,大量かつ効率的に生産することが優先されてきたが,これだけ食品廃棄物があふれている社会でなぜ大量に作らなければならないのか。大量に作らないと儲からないということだが,果たしてそうだろうか。確かに農業,畜産業などの一次生産者,加工業などの二次生産者,流通業などの三次産業では付加価値が異なるためにどうしても一次生産者や二次生産者の収益が小さくなる。しかし,それも価格決定権のある大規模流通が低価格競争をするためであり,それを望む消費者に問題がある。その価格競争のしわ寄せが一次生産者(農業・畜産業・漁業)や加工業者におよび,時に偽装問題を引き起こす温床になっている。

このような大規模生産,大規模流通から脱却する1つの方法が六次産業化だろう。六次産業化も大規模にやっては意味がなく,直売所などを拠点とし,小さな流通圏を作ることで,一次生産者,二次生産者ともに成り立ち,新鮮で輸送負荷の少ない流通システムが確立を減らしていくという点でも有効である。これが地産地消であり,地域の活性化につながっていくのではないだろうか。現在の輸入依存の体制からの脱却は容易ではなく,供給側である産業の努力とその産業を支える消費者の理解と行動が連動したときに,輸入が減少し,自立自給に向けた環境負荷の少ない社会への転換が始まるのだろう。

 

☆ 食料自給率の問題点 ☆

 

海外に食料を依存している度合いを示す指標として,食料自給率がよく用いられる。農林水産省によれば,平成21年度の総合食料自給率はカロリーベースで40%となっている。つまり,飼料を含む食料の60%を海外に依存していることになる。最近では,この数値を向上させることを政策目標として掲げられているが,食料自給率を一括してカロリーベースで示すことには問題が多い。

 

たとえば,カロリーの高い食料(農産物)の生産,輸出入の動向によって,その値が大きく左右される一方で,野菜などのカロリーの低い農産物を国内でいくら増産しても数値には反映されず,自給率はほとんど上がらない。また,食料自給率の増減の理由が数値からは読み取れないという欠点もある。通常,食料自給率の値が向上すると,国内生産量が増加したと考えるが,必ずしもそうではない。食料自給率の算出式(1)をみるとわかるが,食料自給率を算出するには,国内生産量以外に輸出入量が関係する。輸入量が極端に低下したり(残留農薬など問題などで輸入を停止する),あるいは輸出量が増加すると食料自給率の値は増加するといった実態とは関係のない理由で変化してしまう。

 

$$食糧自給率=\frac{国内生産量}{国内消費仕向量}=\frac{国内生産量}{国内生産量+輸入量-輸出量} (1)$$

 

そのため,わが国の食料の自給構造を把握するには,品目別に食料自給率を見ることが重要になる。品目別に食料自給率をみた場合,パンや麺類の原料である小麦は11%,肉類は57%,その肉を生産するために必要な家畜の飼料であるトウモロコシはほぼ0%,果実は41%,油脂類は14%,油脂の原料にもなる豆類は8%であり,これらの品目を極度に海外に依存していることがわかる。

(くすべ たかせい:KIESS研究員・石川県立大学助教)

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