東日本大震災が問いかけるもの(再び)(内藤 正明:MailNews 2012年10月号)

※ この記事は、KIESS MailNews 2012年10月号の記事に、一部加筆修正を加えたものです。

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 大震災がもたらした惨禍から,何を学び取るかを考えながら,これからの社会のあり方を考えて見たいと思います。それは,単に防災対策といった話を越えて,街の姿や産業,技術といったハードのことから,価値観や人の生き方といった倫理観に至る様々な側面に亘ります。

 

広範な議論の高まり

3月11日の東日本の大震災は,これから社会のあり方に根本的な問いかけをしたものと思われます。それは「社会構造」だけではなく,「精神構造」にまで及びます。さらに,このことは国内に留まらず,世界全体にも相当の影響を与え,今後も与えていくだろうと予感されます。この多大な犠牲を無にしないためにも,この震災が与えてくれた教訓を活かさなければなりません。

 

人と自然との関係

映像で見るだけでも,我々の文明と自然の関係について多くのことを教えられました。一つは,「恵みを与えてくれた“自然”が同時にそれを根こそぎ奪い去る」ものであるということです。漁業や農業など一次産業が生業である彼の地は,自然の恵みがその豊かな社会を創ってきたことが映像からも実感されますが,それを一瞬で消滅させたのも自然です。これを考えると,自然との付き合いの仕方というものを,改めて真剣に考え直すことが求められているのでしょう。

自然の脅威が人の想定を越えることは避けがたいので,自然を“克服”するのではなく,“順応”または“適応”するということの大事さが,改めて認識されるようになりました。これは,天災を“想定”することの難しさと関係し,一方で人災と言われる「核事故」のリスクをどう評価するかという課題にも関わります。

現代都市は人工空間であり,家や,土地利用,インフラなどのほとんどが人工物で構成されるので,街づくりに対して技術論は大事でしょう。しかし,そもそも街というのは歴史と風土と人の営みで時間を掛けて作り上げられるものですから,これまでの歴史の蓄積をどう再生するのか,また新たな地域文化をどう作り上げていくのか、などの考察こそ大事になるでしょう。

 

エネルギー源と技術の方向

次の大きな課題はいうまでもなく,核エネルギーの是非の判断です。原発を拒否する世論が高まれば,これからのエネルギーの選択が問われ,これは社会の在り方そのものの選択が問われることになります。その時代の文明を決めてきたのはエネルギー源であり,木材から石炭に変わって産業革命が一気に進み,それが石油になって,急激に「石油文明」の豊かさをもたらしました。

ところが石油消費の行き過ぎから,地球温暖化と並行して,「石油ピーク(生産量が頂点を越えたこと)」も懸念され,この両方から急激な脱石油社会への転換が迫られていることは,何度も言ってきた通りです。問題はそれへの対処方針で,これまでの国の方針は,原子力を前提にした先端技術依存型でしたので,原子力が今回の震災で否定されることにでもなると,そのシナリオ自体が成り立たなくなります。それに代わるものは「自然エネルギー」か? 大量のエネルギー消費社会の変革か? エネルギーとの関係で見ると,これまでは関心が持たれなかった技術(手動電灯,薪ストーブ,ソーラーランタン,非電化製品,自転車など)が,しかも,これは災害時に役立つということだけでなく,今後の低炭素を目指すエコ技術としても有効であることが認められて,引き合いが増えているとのことです。このことが与える教訓は,“災害向けは低炭素向けと共通する特性を持つ”です。

 

社会観をどう変革するか

原発問題を契機にして,技術の効罪を改めて論じる必要があるでしょう。どのような技術にもその両面があります。問題はそれが誰にいくのかということです。原発推進派の代表的なK氏(元東電副社長,元衆議院議員)が言うように,原発の利益を得るのは“株主”であることは明らかですが,その被害は主に地域の住民と国民にいくのでしょう。

原発が問いかけるさらに大きな問題は,「国の発展とは何か,社会の豊かさとは何か」という基本的な命題です。K氏は「電力不足で産業活動が停滞する」,「金融市場の混乱をもたらす」ことを第一に懸念していますが,産業の発展こそが社会の発展であるという考えに,強固に支配されているからと思われます。このような(産業発展こそが社会の発展であるという)価値観が,すでに過去のものになり,国の理念が,「産業国家」から「市民社会」へと変化していることの認識がないからではないかと思われます。

このことから教訓その3は、“国というのは誰のために,何を目指す組織なのか”ということを改めて問いなおすべき時期に来ているということで、これこそ最も根源的な問いでしょう。

 

世界からの共感

被災地の様子をニュースで見た世界の人々は,被災地の人々とそれに対して日本人が示した行動に対して,大きな反応を示したことはすでに知られているところでしょう。あれだけの災害の中で,混乱も起こさずに皆が助け合いながら整然と行動している姿に,我々も改めて東北人の我慢強に姿に涙を禁じえなかったので,それを見た世界の人々が,「略奪や強盗もなく,助け合い譲り合っている姿」に感嘆の声を上げたのは,もっともだと思われます。

ハーバードの熱血講義で知られるサンデル教授が,震災をテーマに3カ国をテレビ中継で結ぶ公開講義1)を2011年4月16日に行っていました。印象に残る議論がいくつもありましたが,最後にサンデル教授が総括した言葉が特に印象深いものでした。それは「この度の巨大な災害に対する日本人の行動,さらにそれを見た世界中の人たちの反応は,人類が他者にどれほどのシンパシー(共感,同情)を持てるかを試した大きな実験であり,もしかしたら,これが人類にとっての新たな倫理観の形成に繋がるかもしれない」という言葉でした。

もしこのことが実際に起こるなら,日本人が培ってきた倫理観が世界の人の心を動かして,人類社会の新たな秩序づくりに貢献するかもしれません。そうすれば,日本人は軍事力でもなく経済力でもなく,倫理の力で世界から尊敬を克ち得るという人類史上で最大の名誉を担うことになるでしょう。

 

参考文献

  1. マイケル・サンデル 究極の選択 第1回「大震災特別講義~私たちはどう生きるべきか~」,http://www.nhk.or.jp/hakunetsu/harvard/lecture/110416.html,NHK,2011年4月16日.

 

(ないとう まさあき:KIESS代表理事・京都大学名誉教授)

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